王貞治:Wang Chen-chih

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「世界の王」として、その名を野球史に刻み続ける王貞治氏。

彼が積み上げた通算868本というホームラン数は、メジャーリーグの強打者たちをも凌駕する、まさに前人未到の記録です。

しかし、その輝かしいキャリアは決して順風満帆な滑り出しではありませんでした。

若き日の苦悩、代名詞となった「一本足打法」の誕生、そして国民的英雄として日本を熱狂させた日々は、努力と執念の物語でもあります。

この記事では、読売ジャイアンツでの黄金時代から、監督として日本を世界一へ導いた軌跡まで、王貞治氏の偉大な歩みを振り返ります。

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投手からの転向と「三振王」と呼ばれた新人時代

1959年、早稲田実業高校のエースとして甲子園を沸かせた王氏は、契約金1,600万円という当時破格の条件で読売ジャイアンツに入団しました。

当初は投手としての入団でしたが、その類まれな打撃センスを見抜いた水原茂監督らにより、すぐに野手へと転向します。

しかし、プロの壁は厚いものでした。

入団から3年間、王氏は期待に応えることができず、打率は2割台前半に低迷。

「王、王、三振王」という心ない野次がスタンドから飛ぶことも珍しくありませんでした。

恵まれた素質を持ちながらも、タイミングの取り方に苦しみ、開花のきっかけを掴めずにいたのです。

荒川博コーチとの出会いと「一本足打法」の完成

運命の転換点は1962年、荒川博氏が打撃コーチに就任したことでした。

王氏の素質を高く評価していた荒川氏は、徹底した個人指導を開始します。そこで生まれたのが、右足を高く上げる「一本足打法」でした。

このフォームは、それまでの欠点だった「差し込まれること」を克服するための究極の対策でしたが、同時に極めて不安定で、凄まじい筋力とバランス感覚を必要とするものでした。

王氏は荒川氏の自宅に通い詰め、日本刀で天井から吊るした紙を斬る「真剣勝負」の修行を重ねるなど、常軌を逸した練習量をこなしました。

その成果はすぐさま現れます。

1962年7月1日の大洋ホエールズ戦で初めて一本足打法を披露すると、そこからホームランを量産。

この年、初のホームラン王と打点王の二冠を獲得し、伝説の幕が開いたのです。

 

 

「V9」の主役、そして世界記録への到達

王氏の全盛期は、ジャイアンツが1965年から1973年まで成し遂げた不滅の記録「V9(9年連続日本一)」と重なります。

長嶋茂雄氏との最強コンビ「ON砲」は、ライバル球団のみならず、日本中のファンを畏怖させ、そして熱狂させました。

王氏の凄みは、その圧倒的な選球眼と安定感にあります。

13年連続ホームラン王、そして2年連続の三冠王(1973年・1974年)など、数々のタイトルを独占。

相手チームは「王シフト」と呼ばれる極端な守備体系で対抗しましたが、王氏はそれを嘲笑うかのように、ライトスタンドへと打球を運び続けました。

そして1977年9月3日、後楽園球場。ヤクルトスワローズの鈴木康二朗投手から放った通算756号本塁打。

ハンク・アーロン氏の持つメジャーリーグ記録を塗り替えたその瞬間、日本中が歓喜に沸き、王氏はその功績を讃えられ、創設されたばかりの「国民栄誉賞」第1号を受賞しました。

 

 

監督としての苦悩と、WBCでの世界一

1980年に現役を引退した王氏は、助監督を経てジャイアンツの監督に就任しました。

しかし、選手時代ほどの幸運には恵まれず、一度のリーグ優勝(1987年)を果たしたものの、大きな批判を浴びて退任することとなります。

その後、1995年に福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)の監督に就任。

当初は低迷するチームの中でファンから生卵を投げつけられる屈辱も味わいました。

しかし、王氏は「勝つことでしかファンを納得させられない」と毅然とした態度を貫き、チーム改革を断行。

城島健司選手や松中信彦選手らを育て上げ、ホークスを常勝軍団へと変貌させました。

監督としてのハイライトは2006年、第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)です。

日本代表の指揮を執った王氏は、苦しい戦いの中でも「日本の野球は世界一だ」と選手を信じ続けました。

決勝でキューバを破り、見事世界一の栄冠を勝ち取った際、選手たちに胴上げされた王氏の笑顔は、野球人生の集大成とも言えるものでした。

 

 

まとめ

王貞治氏のキャリアを振り返ると、そこには常に「求道者」としての姿があります。

  1. 「一本足打法」という独自のスタイルを血の滲む努力で確立したこと
  2. 通算868本塁打という、数字そのものが説得力を持つ世界記録を樹立したこと
  3. 指導者としても日本の野球を世界の頂点へ導いたこと

王氏はかつて「バッティングに完成はない」と語りました。

その謙虚さと飽くなき探求心こそが、彼を「世界の王」へと押し上げた原動力だったのでしょう。

現在はソフトバンクホークスの会長として、また野球界のレジェンドとして、その存在感は今なお色褪せることなく、私たちに勇気を与え続けています。

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