「夢に向かってひたむきに努力する人であってほしい」。
そんな願いを込めてつけられた名前のとおり、金丸夢斗(かねまる・ゆめと)はその生き方で野球ファンを魅了し続けています。
兵庫県神戸市北区出身の左投左打、背番号21。中日ドラゴンズ、横浜DeNA、阪神タイガース、読売ジャイアンツの4球団競合という注目を集めてプロ入りした 大学球界No.1左腕は、甲子園を夢見ながらコロナ禍に泣き、故障を乗り越え、そして初勝利まで試練を積み重ねながら着実に前進しています。
競技との出会いから頭角を現すまで
小学1年生のとき、父の勧めにより野球を始めた 金丸。
その父・雄一さんは甲子園でも審判を務めたほどの野球人であり、幼い頃から息子に野球の楽しさと厳しさを伝え続けました。
父と息子は毎朝5時45分に起床し、1周6分の周回コース×5をランニングするという日課を小学2年から中学3年まで続けたというエピソードは、この父子の絆と金丸の根性を物語っています。
幼少期から身長はチームで最も小さく、神戸市立神港橘高等学校入学時は150cm台、体重も50kg台の前半だった金丸ですが、高校3年時には177cm・77kgへと大きく成長。
体とともに、その才能も開花していきました。
しかし、高校時代は運命のいたずらに翻弄されます。
父と同じように甲子園の舞台に立つことが幼いころからの目標であったが、2020年の高校3年時に新型コロナウイルスの流行により春の選抜大会と夏の選手権大会は中止を余儀なくされたのです。
憧れの甲子園は、ついに夢のまま終わります。
それでも自粛期間中の自主トレーニング期間を経て、夏の兵庫県大会の代替として開催された独自大会においてチームをベスト8へ導いたのは、逆境に対する金丸らしい答えでした。
コロナ期間に自分の身体と真剣に向き合ったことで、130キロ台だった球速は140キロへとアップ。
「呼吸をしっかりすることで重心が定まりやすい。力感なく強い球を投げられるようになった」と本人が語るように、逆境が投手としての覚醒を促しました。
2021年に関西大学(関西学生野球連盟)へ進学すると、大学2年生の春と3年生の秋・4年生の春と連盟の防御率で1位に輝き、関西大学の絶対的エースへと躍進します。
リーグ戦連勝記録18連勝(2022年春季リーグ戦〜2023年秋季リーグ戦)という関西学生野球連盟の新リーグ記録も樹立。
さらに大学生としては異例となる侍ジャパントップチームへの選出も果たし、2024年3月の対欧州代表戦では先発登板で2回パーフェクト・4奪三振と好投しました。
ただ、大学4年時は再び試練が待ち受けていました。
大学3年生の春に右膝を故障し、力感のないフォームという投球スタイルを模索。
さらに2024年の春季リーグでは腰の違和感を訴えて緊急降板し、腰骨挫傷の診断を受けたのです。
それでも秋季リーグへ復帰し、2023年秋からの自責点ゼロ連続イニング数を72にまで伸ばし、大学での登板を終えたという粘りは、金丸の真骨頂と言えるでしょう。
プロ入り後の軌跡とターニングポイント
中日ドラゴンズから1位指名を受け、4球団競合の抽選を制した金丸は、憧れの今永昇太がNPB在籍時に着けていた背番号21を希望し、まとうことになりました。
「来るとわかっていても打てないような球を投げられる選手になりたい」という言葉には、目標への強い意志が込められています。
しかし、プロ1年目の道のりも順風満帆とはなりませんでした。
2025年の春季キャンプは腰痛への配慮でスロー調整となり、二軍の読谷組に配置されます。
開幕ローテーション入りは果たせず、ファームで体を作りながらチャンスを待ちました。
一軍では5月5日の対横浜DeNA戦でプロ初登板を果たし、そこから前半戦最終戦となる7月21日まで8試合で先発登板。
全試合で6イニング以上を投げ、うち7試合でクオリティ・スタートを記録し防御率も2.41を記録したが、未勝利のまま4敗を喫していたという不運な日々が続きます。
金丸の両親は息子のプロ初勝利を見届けるため、有給休暇を利用して神戸市から遠方の試合まで毎試合駆けつけていた というエピソードは、多くのファンの心を打ちました。
試合を作り続ける息子を、ただ見守り続ける家族の姿。
しかし、勝利の女神はなかなか微笑みませんでした。
そして10度目の先発登板となった8月7日の対阪神戦(バンテリンドーム ナゴヤ)で相手打線を8回3失点に抑え、ようやくプロ初勝利を挙げます。
それはデビューから実に93日目のこと。
相手はまさに、ドラフト会議で同じく1位指名を受け、プロで初めて投げ合うことになった因縁の相手・伊原陵人擁する阪神でした。
最終的にルーキーイヤーは15試合の先発登板で防御率2.61を記録 し、上々のシーズンを締めくくっています。
プレースタイルの特徴と主な実績
金丸最大の武器は、速球と制球の高い融合にあります。
ストレートの最高球速は154km/hを記録しており、変化球はスプリット、スライダー、チェンジアップ、カーブを投じる。
いずれの球種も高い精度で操り、制球力も高いという多彩さが、打者を的に絞らせません。
ストレートの平均球速は146キロ以上を維持し、全奪三振の半数超をストレートで奪う など、直球の質は既にプロのトップレベルにあります。
アマチュア時代に侍ジャパンでバッテリーを組んだDeNAの山本祐大選手は「(金丸のボールは)スピードガンの数字以上に速く感じる」と評したという言葉が、その球の「質」を端的に表しています。
また侍ジャパンのキャンプでは、西武の隅田知一郎やオリックスの宮城大弥から直接アドバイスをもらう など、プロから積極的に学ぶ姿勢も印象的です。
大学での主な実績としては、関西学生野球連盟リーグ戦18連勝(新記録)、3度のリーグ最優秀防御率、2度のリーグ最優秀選手賞・ベストナイン、そして大学生として異例の侍ジャパントップチーム選出が挙げられます。
ルーキーシーズンを終えた後のWBC2026日本代表にも選出され、国際舞台でも実力を示しました。
まとめ
甲子園の夢をコロナ禍に奪われ、大学で故障を抱えながらも無類の強さを誇り、プロ1年目は開幕から9度の先発で白星なしという試練を乗り越え、ついに初勝利をつかんだ。
金丸夢斗というピッチャーの軌跡は、その名前が示すように「ひたむきに夢へ向かう」姿そのものです。
ドラフト指名の挨拶で「コントロールと速球を生かして、先発して2桁勝利できる投手を目指す」と語った言葉は、まだ道半ばです。
しかしルーキーイヤーの防御率2点台は、その目標が現実のものになりつつある確かな証。
WBC2026での経験も加わった今、神戸生まれの左腕が中日ドラゴンズの真のエースへと飛躍する日は、そう遠くないかもしれません。





















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