三沢の海沿いで育ち、ドラフト6位という低評価からプロのマウンドへ。
そして肘の大手術という壁を乗り越えたのち、2年連続で規定投球回に到達し、WBC2026でも日本代表の一角を担った右腕・種市篤暉(たねいち・あつき)。
通算649.1回を投げ672奪三振を記録し、2025年後半戦は74回1/3で94三振・防御率1.45という圧倒的なピッチングを披露した千葉ロッテマリーンズのエースは、今まさに全盛期を迎えています。
競技との出会いから頭角を現すまで
小学校3年生から野球を始め、三沢市立第二中学校では同校の野球部に所属した種市。
実家の隣が海という環境で育った青森の少年は、釣り竿と野球のグラブを相棒に青春を過ごしました。
高校は八戸工大第一高校へ進学し、2年生の秋には背番号1を付けてエースとなったものの、甲子園の切符には届きませんでした。
2年生の秋季青森大会では決勝に進出。
3年生の夏の第98回選手権青森大会では、2回戦の対八戸高校戦で8奪三振を記録したが、準々決勝で大湊高校に4対3で敗れたのです。
それでも高校時代から140キロ後半の速球を投げ込む速球派右腕としての評価を着実に高め、2016年10月20日のドラフト会議にて千葉ロッテマリーンズから6位指名を受けたのは、その才能を見出されてのことでした。
ただ6位指名という数字が示すのは、まだ原石の段階。
この評価を覆すために、種市の長い戦いが始まります。
プロ入り後の軌跡とターニングポイント
ルーキーイヤーの2017年は身体作りを中心に取り組み、イースタン・リーグでも1試合に登板したのみだったという、まさにゼロからのスタート。
しかし翌2018年、転機が訪れます。
フレッシュオールスターに選出され、自己最速タイの153km/hを計測。
その投げっぷりの良さが評価され、涌井秀章の代役として8月12日のオリックス戦でプロ初登板初先発を果たし、6回5安打2失点と好投したのです。
同年オフには第2回WBSC U-23ワールドカップで日本代表に選出され、2試合の先発で2勝を記録し最高勝率賞を受賞するなど、着実にキャリアを積み重ねました。
2019年にはいよいよ覚醒の片鱗を見せます。
4月29日の楽天戦でプロ初勝利を挙げると、その後先発ローテーションを守り、8月4日の楽天戦で江夏豊や木田勇と並ぶ日本人最多の23イニング連続奪三振を記録。
シーズンは26試合(17先発)で8勝2敗・防御率3.24と飛躍的な成長を遂げ、背番号も63から16へと変更されました。
しかし翌2020年、運命の一撃が右肘を直撃します。
7月25日の西武戦でプロ初の完封勝利を挙げるなど好調だったが、8月1日の楽天戦で8失点を喫して降板後に右肘の違和感で登録抹消。
精密検査の結果、手術が必要と発覚し、9月14日に右肘内側側副靭帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けたのです。
その後2021年は実戦登板が無く、リハビリに専念する苦しい日々が続きました。
それでも種市は折れませんでした。
2022年4月に二軍でトミー・ジョン手術からの復帰登板を果たし、8月には740日ぶりとなる一軍登板を達成。
そして2023年は3年ぶりの開幕ローテーション入りを果たし、8月18日の楽天戦で8回1失点と好投して自身初の2桁勝利(10勝)を達成。
リーグ2位の157奪三振を記録し、オールスターにも初選出されたのは、まさに復活の証でした。
2024年からは2年連続で規定投球回に到達し、2025年の後半戦は74回1/3を投げて94奪三振・防御率1.45という圧倒的なピッチングでパ・リーグを席捲。
2025年9・10月度の月間MVPも受賞しました。
年末には「一番成長できた年」と自ら振り返ったその言葉に、ここまでの苦難がすべて詰まっています。
そして2026年3月、悲願のWBC初選出。
韓国戦の7回から3番手で登板した種市は、力強いストレートと落差の大きいフォークで三者連続空振り三振を奪い、チームの逆転勝利の流れを引き寄せたのです。
「リリーフでも先発でもやることは変わらないので、ストレートはストライクゾーンに強く投げ、フォークを低めに集めることを意識した」という冷静なコメントに、一流投手の矜持が滲みます。
プレースタイルの特徴と主な実績
種市の真骨頂は、三振を積み重ねる力にあります。
通算649.1回で672奪三振という奪三振率の高さは、打者を力でねじ伏せる能力の高さを物語っています。
軸となるのはWBCでも155キロのストレートでMLB選手やKBOリーグMVPを次々と空振りさせた剛速球。
これに落差の大きいフォークが加わることで、打者はどちらにも的を絞れません。
2025年夏場はリリースポイントを上げて球威がさらに増し、1試合15奪三振を記録するなど圧倒的な投球を見せ、成長の歩みが止まりません。
またプロ初勝利のウイニングボールが「パ・リーグ最後の平成試合」として野球殿堂博物館に寄贈されることが決まっていたため手元に残せなかったというユニークなエピソードや、釣りが好きでフグ調理師免許の取得も考えているという人間味あふれる一面も、多くのファンから愛される理由のひとつです。
主な実績としては、WBSC U-23ワールドカップ2018日本代表(最高勝率賞)、自身初10勝・リーグ2位157奪三振(2023年)、自身初オールスター選出(2023年)、月間MVP 2025年9・10月度、WBC2026日本代表選出が挙げられます。
まとめ
ドラフト6位の下馬評を覆し、初勝利のウイニングボールすら手元に残せない不思議な巡り合わせを経験し、順風満帆に見えた矢先にトミー・ジョン手術という壁に直面した種市篤暉のプロキャリアは、その一言ひとつが重くてドラマチックです。
しかし三沢の海辺で育った男は、何度倒れてもまたマウンドへ戻ってきました。
2024年からは2年連続規定投球回に到達し、WBC2026でも三者連続三振で日本を救った今、かつてのドラフト6位という評価が遠い昔話のように感じられます。
右腕が放つ155キロの閃光が、これからも幾度となくロッテのマウンドを、そして日本代表のマウンドを彩ることでしょう。





















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