ニューヨーク・メッツ(New York Mets、略称:NYM)は、メジャーリーグベースボール(MLB)のナショナルリーグ東地区に所属するプロ野球チームです。
本拠地はニューヨーク市クイーンズ区のシティ・フィールドです。
1962年にエクスパンション球団として創設され、ニューヨーク・ヤンキース(アメリカンリーグ)と共にニューヨークを代表する球団として知られています。
チームカラーはブルーとオレンジで、これはかつてニューヨークに本拠を置いていたブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツへのオマージュです。
メッツの歴史は、低迷期と栄光期が交錯するドラマチックなもので、特に「ミラクル・メッツ」や「アメージング・メッツ」といった愛称で呼ばれる時期は、ファンの記憶に深く刻まれています。
歴史
創設と苦難の初期(1962年~1968年)
メッツは、1957年にドジャースとジャイアンツがカリフォルニアに移転した後、ニューヨークのナショナルリーグファンのために創設されました。
初年度の1962年には40勝120敗というMLB史上でも稀な低成績を記録し、以降4年連続で100敗以上を喫するなど、弱小球団としてのスタートでした。
当初の本拠地はマンハッタンのポロ・グラウンズで、1964年にシェイ・スタジアムに移転しました。
初期のチームは往年のスター選手を集めましたが、体力が衰えた選手が多く、成績は振るいませんでした。
ミラクル・メッツの誕生(1969年)
1969年、メッツは創設8年目にして奇跡的な躍進を見せました。
トム・シーバーやジェリー・クーズマンといった若手投手陣の活躍、ギル・ホッジス監督の采配により、100勝62敗でナショナルリーグ東地区初優勝を果たしました。
ポストシーズンではアトランタ・ブレーブスを破り、ワールドシリーズでは優勝候補のボルティモア・オリオールズを4勝1敗で下し、初のワールドチャンピオンに輝きました。
この快挙は「ミラクル・メッツ」と呼ばれ、MLB史に残る大逆転劇となりました。
1970年代:浮き沈みと再挑戦
1970年代初頭は、シーバーやクーズマンを中心に安定した成績を残しましたが、常勝には至りませんでした。
1973年にはヨギ・ベラ監督の下、地区優勝とリーグ優勝を果たしましたが、ワールドシリーズでオークランド・アスレチックスに敗れました。
その後、主力選手のトレードや放出が続き、低迷期に突入しました。
1980年代:黄金期と2度目の優勝(1986年)
1980年代はメッツの黄金期でした。
デーブ・ジョンソン監督の下、ドワイト・グッデン(1984年新人王)、ダリル・ストロベリー(1983年新人王)、キース・ヘルナンデスといった若手とベテランが融合しました。
1986年には108勝54敗で地区優勝を果たし、ワールドシリーズでボストン・レッドソックスを破り、2度目の世界一に輝きました。
特に第6戦では、2アウトから逆転サヨナラ勝ちを収め、ビル・バックナーのエラーも相まって「アメージング・メッツ」と称されました。
1988年も地区優勝しましたが、リーグ優勝決定シリーズでドジャースに敗れました。
1990年代~2000年代:浮き沈みとサブウェイ・シリーズ
1990年代は低迷が続きましたが、1998年にマイク・ピアッツァが加入し、チームにスター選手が復活しました。
1999年と2000年にワイルドカードでプレーオフ進出を果たし、2000年にはヤンキースとの「サブウェイ・シリーズ」に進出しましたが、1勝4敗で敗れました。
このシリーズでは、ピアッツァの折れたバットに関するロジャー・クレメンスとの遺恨が話題となりました。
2001年には新庄剛志が加入し、守備で貢献しました。2006年にはカルロス・ベルトランやデビッド・ライトを擁して地区優勝しましたが、リーグ優勝には届きませんでした。
2010年代:復活と低迷
2015年、ヨエニス・セスペデスやダニエル・マーフィーの活躍で地区優勝を果たし、ワールドシリーズに進出しましたが、カンザスシティ・ロイヤルズに敗れました。
ジェイコブ・デグロムが2018年と2019年に連続でサイ・ヤング賞を受賞し、ピート・アロンソが2019年に新人王を獲得するなど、個々の選手の活躍は光りましたが、チーム全体としては安定せず、低迷が続きました。
2020年代:スティーブ・コーエンの時代
2020年、億万長者のスティーブ・コーエンがオーナーに就任し、大型補強が加速しました。
2022年には101勝を挙げ、プレーオフ進出を果たしました。
2024年にはフアン・ソトを15年7億6500万ドルで獲得し、アロンソとも再契約しました。
千賀滉大が先発ローテーションの柱として復帰し、フランシスコ・リンドーアやマーク・ビエントスといった強打者も揃っています。
2024年はリーグチャンピオンシップシリーズに進出しましたが、地区優勝には届きませんでした。
投手陣ではエドウィン・ディアスのクローザーとしての安定感が強みですが、先発陣は他地区の強豪に比べ見劣りするとの評価もあります。
主な所属選手
トム・シーバー(1967年~1977年、1983年)
「トム・テリフィック」の愛称で知られ、1967年新人王、1969年、1973年、1975年にサイ・ヤング賞を受賞しました。
メッツの永久欠番(41番)であり、殿堂入り投手です。
1969年のミラクル・メッツの立役者で、通算311勝を誇ります。
ドワイト・グッデン(1984年~1994年)
1984年新人王、1985年サイ・ヤング賞を受賞しました。
1986年の世界一に貢献したエースで、快速球と鋭いカーブが武器でした。
ダリル・ストロベリー(1983年~1990年)
1983年新人王です。
長距離打者として1986年の優勝に貢献し、通算335本塁打を記録しました。
マイク・ピアッツァ(1998年~2005年)
球史に残る強打の捕手です。
1998年の加入でチームにスター性を加え、2000年のサブウェイ・シリーズでも活躍しました。
永久欠番(31番)です。
デビッド・ライト(2004年~2018年)
「キャプテン」の愛称で親しまれた三塁手です。
通算242本塁打で、2006年の地区優勝に貢献しました。永久欠番(5番)です。
ジェイコブ・デグロム(2014年~2022年)
2018年、2019年に連続でサイ・ヤング賞を受賞しました。
驚異的な防御率(1.70 in 2018)と奪三振能力でチームを牽引しました。
ピート・アロンソ(2019年~)
2019年新人王です。53本塁打で新人記録を樹立し、強打の主砲として活躍中です。
千賀滉大(2023年~現在)
日本プロ野球から移籍し、先発ローテーションの柱です。
2024年は怪我からの復帰後、5回無失点の好投で勝利に貢献しました。
フアン・ソト(2025年~)
2024年オフにメッツへ移籍したスーパースターです。
卓越した選球眼とパワーで、2024年はMVP投票2位の活躍を見せました。
日本人選手
メッツには多くの日本人選手が在籍しました。
- 野茂英雄(1998年)
- 新庄剛志(2001年、2003年)
- 松井稼頭央(2004年~2006年)
- 高橋尚成(2010年)
- 青木宣親(2017年)
- 千賀滉大(2023年~)
らが名を連ねます。
特に新庄は守備での貢献が大きく、千賀は先発投手として期待されています。
永久欠番
メッツの永久欠番には、
- トム・シーバー(41番)
- マイク・ピアッツァ(31番)
- デビッド・ライト(5番)
- キース・ヘルナンデス(17番)
- ジェリー・クーズマン(36番)
- ギル・ホッジス(14番)
- ケイシー・ステンゲル(37番)
- ウィリー・メイズ(24番)
- ウィリアム・シェイ(名前のみ)
- ジャッキー・ロビンソン(42番、MLB全体)
- ドワイト・グッデン(16番)
- ダリロ・ストロベリー(18番)
があります。
これらはチームの歴史を象徴する選手や人物への敬意を表しています。
まとめ
ニューヨーク・メッツは、創設以来の苦難を乗り越え、「ミラクル・メッツ」や1986年の世界一など、記憶に残る瞬間を数多く生み出してきました。
トム・シーバーやマイク・ピアッツァ、現代のピート・アロンソや千賀滉大まで、時代を代表する選手たちがチームを支えてきました。
スティーブ・コーエンの資金力を背景に、2020年代はさらなる飛躍が期待されます。
ヤンキースとの「サブウェイ・シリーズ」を含め、メッツの物語は今後もニューヨークの野球文化を彩り続けるでしょう。
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