菊池涼介:広島東洋カープ

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プロ野球界において「二塁手」というポジションの概念を根底から覆し、その圧倒的な守備範囲から「忍者」や「エリア33」と称えられてきたのが、広島東洋カープの菊池涼介(きくち・りょうすけ)選手です。

赤いユニフォームを身にまとい、アクロバティックなプレーで幾度となくチームのピンチを救ってきたその姿は、広島ファンのみならず、全ての野球ファンの記憶に刻まれています。

本記事では、中京学院大学からプロの門を叩き、カープのリーグ3連覇の立役者となった菊池選手の、唯一無二と言える輝かしいキャリアを網羅的に振り返ります。

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無名時代からプロ入りへ:中京学院大学での覚醒

菊池選手のキャリアは、決してエリート街道と言えるものではありませんでした。長野県出身の彼は、東京の武蔵野学院高校時代は甲子園出場経験がなく、卒業後は岐阜県にある中京学院大学(現・中京高校の系列大学)へと進学します。

地方大学のリーグ戦において、彼は圧倒的な守備力と身体能力を披露し、スカウトの注目を集めるようになりました。

2011年のドラフト会議で、広島東洋カープから2位指名を受けて入団。

 

 

当時のカープのスカウト陣は、彼の類まれな身体能力と、何よりも「守備で飯が食える」という確信を持って指名を決断しました。

この出会いが、後に球界の歴史を塗り替える名二塁手誕生の瞬間となりました。

カープ黄金時代の象徴:タナキクマルと3連覇

プロ入り2年目の2013年からレギュラーに定着すると、菊池選手はすぐさまその才能を爆発させます。

2番打者として定着し、1番・田中広輔選手、3番・丸佳浩選手(現・巨人)と共に「タナキクマル」と呼ばれる強力なトリオを形成。

機動力と小技を絡めた攻撃、そして鉄壁の守備でチームを牽引しました。

特に2016年から2018年にかけてのリーグ3連覇において、菊池選手の貢献は計り知れないものでした。

 

 

2016年には最多安打(181安打)のタイトルを獲得し、犠打の日本記録に迫る数字を残すなど、攻撃と繋ぎの両面で驚異的な数字を叩き出しました。

神宮球場や東京ドームの深い位置から一塁へ放たれる正確な送球は、対戦相手のヒットを「当たり前のアウト」に変え、カープの投手陣に絶大な安心感を与えました。

「忍者」と呼ばれた守備:前人未到の守備率10割

菊池選手のキャリアを象徴するのは、やはりゴールデングラブ賞の連続受賞記録でしょう。

2013年から2022年まで、セ・リーグの二塁手部門で10年連続受賞という偉業を成し遂げました。これは、守備のスペシャリストとしての地位が不動のものであることを証明しています。

さらに、歴史的な記録となったのが2020年シーズンです。

 

 

菊池選手は二塁手として年間を通じて「無失策」を貫き、守備率1.000という日本プロ野球史上初(規定試合数以上)の快挙を達成しました。

500回を超える守備機会の中で一度もミスをしないという、精密機械のような正確さは、世界中の野球界から賞賛の対象となりました。

深い芝生の上で逆シングルからダイレクトに一塁へ送球するプレースタイルは、まさに「忍者」そのものでした。

日本代表「侍ジャパン」での飛躍と国際的な評価

菊池選手の守備力は、国際大会の舞台でも世界を驚かせました。

2017年の第4回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、準決勝のアメリカ戦で見せた驚異的なダイビングキャッチと本塁送球など、数々のビッグプレーを連発。

海外メディアからも「Ryosuke Kikuchiはメジャーでもトップレベルの二塁手だ」と高い評価を受けました。

 

 

2021年の東京五輪(2020大会)においても、正二塁手として全試合に出場。

高い守備力はもちろん、バントや進塁打といった「自己犠牲」のプレーで日本の金メダル獲得に大きく貢献しました。

世界を相手にしても全く動じないそのメンタリティは、侍ジャパンにとっても欠かせない精神的支柱となりました。

継承される「菊池イズム」

2026年現在、菊池選手は36歳を迎え、チーム内でも最年長クラスのベテランとなりました。

近年は若手の躍進もありますが、勝負どころでの集中力や、グラウンド上で見せる落ち着きは依然としてチーム随一です。

 

 

通算1500安打を超え、名球会入りも視野に入る中、彼は自身の記録以上に「カープの伝統」を次世代に伝える役割を重んじています。

後輩の矢野雅哉選手らに対し、守備の極意や試合に臨む準備の大切さを背中で語り続ける姿は、まさに生ける伝説です。

かつて自分が諸先輩から学んだ「勝利への執念」を、今度は自分が伝える。そんな菊池選手の立ち振る舞いは、現在のカープが再び優勝争いに食い込むための大きな原動力となっています。

まとめ:記録と記憶に残る不世出の二塁手

菊池涼介選手のキャリアは、単なるスタッツの積み上げではありません。

それは「守備という地味な仕事を、華やかなエンターテインメントに変えた」という革命の軌跡でもあります。

中京学院大学から這い上がり、世界最高峰の舞台で「Ninja」と称賛されるまでになったその歩みは、努力が才能を凌駕することを証明しています。

ベテランの域に達した菊池選手が放つ一投一足には、これまで培ってきた経験と誇りが詰まっています。

赤いユニフォームの背番号33が、マツダスタジアムのセカンドベース付近で軽快に舞う姿は、これからも広島の、そして日本の野球の宝として語り継がれていくことでしょう。

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FinePlay

高校野球、プロ野球選手、プロ野球チーム、練習方法を中心に情報発信するサイト運営者。 長年野球を見続けてきた経験をもとに、選手やチームの魅力、練習の考え方を分かりやすく伝えています。

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